アカコの備忘録。


by sarutasensei

2007年 08月 16日 ( 1 )

天皇暦への「復帰」。

f0091834_23344161.jpg●読売新聞西部本社文化部編『「沖縄問題」とは何か』(弦書房)

※「沖縄戦」とか「日本復帰」、「沖縄独立論」など30のテーマをめぐる高良倉吉と仲里効の「対論」。アカコ的には仲里功の「圧勝」だと思うけど。高良の強調する「現実に対する強い当事者意識」(p.161)とか、何のことやら、意味不明。

 「日本国憲法」を論じた箇所で、仲里が九条と一条が不可分だと述べているところが、おもしろかった。
 「日本国憲法」の最も際立った特徴をなすものは、いうまでもなく世界の諸国家が到達したことのない絶対平和主義を条文化した第九条である。ところがその第九条を可能にしたのは、天皇制の存続と沖縄の占領を抱き合わせにしたアメリカの占領政策であった。戦力の不保持と交戦権の否定の背後には、天皇の戦争責任の免責(「象徴天皇制」という形をとった天皇制の存続)と沖縄の浮沈空母化(占領の継続による軍事植民地化)があった。その後それは、冷戦の本格化と講和条約・日米安保条約によってより鮮明にされたことは周知のことである。(中略)
 ここからいえることは、第九条の「平和主義」は第一条の「象徴天皇」と不可分の関係にあったということである。そしてそのことは、沖縄を排除しつつ利用することで可能となった。
 日本復帰運動が問わなかったものとは、日本国憲法の隠された鍵のような第一条の「天皇条項」であった。この天皇制を不問にしたものこそ、戦前の皇民化・同化主義と互換性を持つ従属的ナショナリズムであった。いわば復帰運動は、沖縄戦の戦争責任とアメリカによる排他的な占領の継続の戦後責任を糺しそこねたのである。(pp.151-152)

 1972年5月の「日本復帰」の日の、「最後の琉球政府主席にして戦後最初の沖縄県知事となった屋良朝苗」の「宣言」は、とっても象徴的だ。
 「宣言。一九五二年四月一日に成立された琉球政府は、一九七二年五月十四日をもって解散し、昭和四十七年五月十五日、ここに沖縄県が発足したことを高らかに宣言いたします」。(p.54)
 「日本復帰」が、天皇が統治する時空間への「復帰」であることが、ここまであからさまに「宣言」されていたとはね。
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by sarutasensei | 2007-08-16 23:56 | 読んだ本