アカコの備忘録。


by sarutasensei

2007年 08月 06日 ( 3 )

長吉の悲しみ。

f0091834_13392250.jpg●石井桃子『ノンちゃん 雲に乗る』(福音館書店)

※この本、子どものころ、家にあったんだよね。何度も読み返したからボロボロになって、テープで補修してた。小学校の国語の教科書にも、部分的に使われていたような記憶があるんだけど。

 今回、久~しぶりに読み返してみて今さらながら気がついたのは、ノンちゃん家って、しっかり「中流階級」してるってこと。

 重篤な赤痢を患い、ようやく一命を取りとめたノンちゃんの健康のために、一家は「東京府」の「片すみ」の「小さい町」に引っ越すんだけど、「おとうさん」は「一時間と三十五分くらい」かけて、東京駅のすぐ近くにある会社に通勤しているサラリーマン。「おかあさん」だって、この時代(昭和初期)に「専業主婦」だしね。 

 こうした両親に育てられたノンちゃん一家の、とっても「文化的」な生活(YouTubeで一部だけ見れる鰐淵晴子が演じる映画版のノンちゃんなんか、バイオリン弾いてるし)とは対称的に、植木屋の息子である「長吉」って、現在の価値観からすれば、DVまがいの育てられ方をしてる。

 しかも小説の最後の部分で、大きくなった「長吉」は、「兵隊に出ていったっきり、帰ってきません」(p.277)ってことで、この物語からふっと姿を消してしまうんだよね。

 ノンちゃんの「にいさん」だって戦争には行ったけれど、ちゃんと無事に帰ってくるし、郊外にあった家が空襲で焼かれたという記述もない。

 所詮はオハナシとはいえ、世の中って、けっこう不公平だよなあ。まあ、こんなに「意地悪」く読んでしまうなんて、アカコがとっくに「童心」を失ったってことなんだろう。40過ぎて「童心」てのも、かなりキショク悪いけど。
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by sarutasensei | 2007-08-06 23:59 | 読んだ本

昔読んだ本をまた。

●マーク・トウェイン『不思議な少年』(岩波文庫)
●マーク・トウェイン『人間とは何か』(岩波文庫)
●堀江敏幸『雪沼とその周辺』(新潮文庫)
●ジュディス・バトラー『生のあやうさ』(以文社)
●『季刊 軍縮地球市民 特集:「東アジア」の歴史の脈動』(西田書店)

※本屋やらamazonやらで。
 
 マーク・トウェインの2作は、高校生の時にけっこう衝撃を受けながら読んだもの。もっぺん読み返したくなった。
 「そうさ、なんにも存在などしちゃいない。すべては夢なんだ。神も、人間も、世界も、太陽も、月も、それから、あの無数の星だって、すべては夢にすぎん。実在なんかしてやしない。ただあるものは空虚な空間、そして君だけなんだよ」
 「ぼくだって?」
 「ところが、その君も実は君じゃない。肉もなければ、血も骨もない。ただ一片の思惟にしかすぎないんだよ。なお言えば、ぼく自身も実は存在しちゃいない。ただ一片の夢-つまり、君の夢、君の想像がつくり出してるものにしかすぎないんだよ…」(『不思議な少年』p.230)

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by sarutasensei | 2007-08-06 21:30 | 買った本
f0091834_0253199.jpg●若桑みどり『戦争とジェンダー』(大月書店)

※男性同盟について、手っ取り早く勉強しようと思って読んだ。
 アカコが一番関心があったのは、第3章の「「男らしさ」と戦争システム」の部分。もうちょっと展開してくれるとよかったんだけどなあ。まあ、参考文献として『男の歴史』とか『敵の顔』とか、おもしろそうな本が何冊もあがってるから、自分で少しずつ読めばよいのだけれど。

 ただ彦坂諦の、
 大日本帝国のおおかたの将兵の行動が慰安婦のもとに駆け付けたり、戦時強姦をしたりといった方向にしか向いていなかったのだとすれば、彼らのそれまでの生のありようがそのようなものでしかなかったのだ。そしてその底には、その彼らをそのような人間としてしかありえなくしてきた、この国の社会の文化があったのだ。
 という文章(p.187)に対して、
 しかし、それはすこし違う。今までみてきたように、日本軍だけではない、近代だけではない、戦争という戦争は、家父長制はじまって以来、「女と物をものにする」醜い争いを続けてきたのだ。(中略)強姦は戦争以外の日常どこでもいつでも頻発し、人類の半分である女性を犯し、殺し、威嚇している。これは大日本帝国だけの問題ではない。家父長制社会すべての問題である。(pp.187-188)
 と応じているのには、ちょっと違和感があるなあ。

 家父長制のおぞましさは、この本で一貫して主張されていて、アカコもまったくその通りだと思う。だけど、それは大日本帝国とその軍隊に固有の問題を追及することと対立するものではないはずだし、前者の一般性に解消できる問題でもないと思う。

 若桑の意図がそこにはないことは分かっているけれど、後者を免罪する言説として「誤読」される危険はないのだろうか。
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by sarutasensei | 2007-08-06 00:45 | 読んだ本