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アカコの備忘録。


by sarutasensei
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「我は知る、テロリストのかなしき心を」(啄木)

「我は知る、テロリストのかなしき心を」(啄木)_f0091834_291427.jpg●ジッロ・ポンテコルヴォ 『アルジェの戦い』 DVDで。
※植民地での豊かな生活を享受し、そのことを疑うこともない植民者。
 自らの「平穏」な生活をかき乱す「テロリスト」を、圧倒的な武力によって虐殺する植民者。
映画のなかの植民者=フランス人の顔が、日本人のそれと重なり合って見えた。

 池田浩士が「『異邦人』の暴力」(『APIED』vol3)という短文のなかで、「アルジェの戦い」とカミュの「異邦人」を関連づけて論じていたっけ。ちょっと気になって本棚から引っ張り出してみたら、こんなことも書いてあった。
『異邦人』が日本に翻訳紹介されたとき、たとえば、それより一年半前に単行本が出ていた田中英光の『酔いどれ船』(一九四九年十二月)を思い起こすものはいなかったのだろう。小林勝が朝鮮体験を作品にしはじめるのは五二年末になってからだったが、植民地朝鮮での鉄道員としての体験を描いた上田廣の作品、とりわけ植民地での日本人の不安と恐怖を描いた「オンドル夜話」は、すでに一九三五年に発表されていた。『異邦人』のムルソーの「不条理」に接して、上田廣や田中英光の仕事を想起することもなく、やがて発表されることになる小林勝の諸作品によって『異邦人』を読みなおすこともなかった日本の読者は、アルジェの戦いが始まったとき、アルジェリア民族解放戦線の激烈な暴力を培養したものが、ほかならぬムルソーのような人間のクズたちの巨大な、しかも日常的な暴力の蓄積だったことを、ついに正面から見すえることができなかったのである。(p.12)

by sarutasensei | 2006-04-22 02:19 | 見た映画(など)