アカコの備忘録。


by sarutasensei
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60年たっても。

●8・15靖国行動の報告・資料集を編集する会『ジャミラよ、朝はまだ来ない』

※1993年から2002年までの、反靖国行動の記録集。一年ぐらい前に、模索舎から通販で購入したのをようやく読んだ。8月15日に、靖国神社で播かれたビラや声明文が収録されている。
 
「死者」の不在によって生者を脅迫する仕組みによって戦争動員を果たしてきた神社、靖国は、したがって決して一人の死者と向き合おうとする弔いの場ではあり得ない。靖国に死者を祀ることは、死者を二四六万人の死と数えることだ。そこではあらゆる死者の固有性は引き剥がされ、公的な貢献へのインデックスとして利用されるしかない。(中略)
黙祷とは、弔いをなしえない者たちの偽装なのだ。弔いを偽装する者たちは誰一人として死者の名を呼ぶことができない。彼らは弔いによって引き裂かれる記憶と非記憶を持ちはしない。靖国の正午の黙祷は、共約不能な死者をまとめ上げ、死人に口なしをよいことに、問われるべきすべての責任、誰が殺したのか、なぜ殺したのか、を問うことを許さないのだ。(山口素明「黙祷の政治力」p.5)

 (前略)その中でも反動の確信犯といえるのが8月15日の靖国神社だろう。未だに「英霊」を奉ってるんだぜ!アジアに対する侵略戦争の加害者たちの、犬死にに等しいその死に対し、その死を強制した国家が意味を与え、死してなお天皇制国家のために利用し続ける…(戦闘的ゴジラ主義者「8・15靖国爆竹決起報告」p.39) 
 
 まったくその通りだと思う。NHKの朝の連ドラ(同居人が見てるので、耳に入ってくるのだ)では、主人公の婚約者が中国に戦争に行ってるらしいけど、彼がそこで何をしたのか、何をさせられたのかなどは、全然語られていないみたいだね。タツヒコさんだって、中国で非戦闘員を虐殺したり、村を焼き払ったり、「慰安所」に並んだりしたのかもしれないけれど、朝ドラではそんな場面は放送しないんだろうし。

 でもこれはNHKだけの問題ではない。多くのニッポンジンにとって、せいぜい空襲と空腹、それに原爆や引き揚げ体験を適当にブレンドしさえすれば、「悲惨な戦争体験」ができあがるのだ。
 中国や韓国から、靖国や教科書問題で批判されると、不当な内政干渉でもあるかのように居丈高になる国民のみなさんにとって、厭戦意識なんてせいぜいこの程度のものなのだ。自分を加害者にしたてあげた責任者を、徹底的に追求することなど思いも及ばず、戦後60年経っても、いまだに嬉々として臣民であり続けているのだから。

 ところで昨日、韓国の国会議員が何人か靖国神社にやって来たらしく、靖国誤字(もとい護持)派が、ブログで抗議行動の様子を写真入りで報告している。それにしてもこのブログ(汚らわしいのでリンクは張らない)、日本語の使い方ヘンなんだよね。
 「初代総代徳川義親侯、名誉総代福田赳夫元総理に活動を開始し」とか、「文章力を向上したいので添削、ご指導大歓迎」だって。ケケケ。謙虚なのはいいけれど、こんな短い文も、まともに書けないんでやんの。
 彼らにとって、日本語ってニッポンジンの「精神的血液」なんじゃなかったの?憂国の思いにあふれるウヨクの方々が、奇妙な日本語を使って、恥ずかしくないんだろうか?
 こういった連中に対しては、「美しい日本語を汚す国賊め、恥を知れ!」とおちょくってやればいいんだよ。「美しい日本語」「正しい日本語」なんて言い方は、寒気がするほど気持悪いけど、ダブルスタンダードだろうがなんだろうが、この際知ったことじゃない。
 それにしても、ブログに載っている写真を見ると、靖国誤字派の人たちって、警察と仲良さそうだなあ。警察も、反靖国の人たちにはやりたい放題の暴力を振るっているけど、全く対応が違うんだね。まあ、奴らはもともとグルなんだから、不思議ではないけれど。
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by sarutasensei | 2006-08-13 17:57 | 読んだ本